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ミャンマー、ヤンゴン行ってきました。 [ミャンマー]

ミャンマーに行ってきました。

痺れたねえ。


って、いやいや。

本当はもっと色々と細かく思った事があって、それを書き留めておきたかったんだけど、恐ろしや。

日常に戻ってしまうと、日常に追われて、ざっくりした「よかったよ」の一言にまとまってしまうのよねー。


でもまだ今はまだ多少の記憶はあるので、それを大雑把に。


まず最初から総論になってしまうのだが、今回ミャンマーを訪ねてみて非常によかったと思う。


実はミャンマーは、何年も前から、「行く気はなくはないものの、本気で行く気にもなれない、よってまだ行ってない」というポジションに君臨し続け、私にとってタイ周辺国、東南アジアにおいて最後の未踏の地であり続けた。


というのもねえ、そんなにキャッチーな国じゃないのよ。

行ったからって何がある?みたいな。

いや東南アジア初めてだったりしたら、色々と見所はあるけど、タイに長いとね、タイにないもので何がある?というような感覚があるわけです。


もちろんゴールデンロックとか、遺跡とかはあるんだけどさ。


2年前かな?カンボジアのアンコールワットに行った際に「東南アジアの遺跡はもうこりごり」っていうモードに突入してしまい、昔は「超カッケー」と大興奮していたはずの遺跡というものに対して、興味を失ってしまったのよね。


なんでそうなったかというと、まあ一つは日射病だか熱射病だか寸前になって、結構辛かったことと、東南アジアの遺跡は似たり寄ったりで飽きたということでしょうか。


なんかもう、遺跡はいいや。

ということで、インドネシア、ジョグジャカルタに行った際も、近くに行ったら行くべきでしょう!なアンコールワットと共に東南アジア三大遺跡に数えられるボロブドゥール遺跡にも行かず。


ミャンマーにも、アンコールワットやボロブドゥールに匹敵するようなバガン遺跡があるんだけど、なんかそこまで食指が動かず。


■バガン遺跡



まあこういう画像を見ると、結構いいなと思うけど、「今は行くときじゃない」って感じ。


というわけ、遺跡には行かず、行ったのはヤンゴンとボゴーだけ。


でもね。


ミャンマーはタイの隣国だけど、ラオスやカンボジアみたいにタイとかなり文化が近いという感じじゃない。

ミャンマーはミャンマーであって、インドやバングラディシュの隣国でもあり、それら南アジアの影響も強く受けており、南アジアと東南アジアのまさに中間というタイとはまた全然違う国であることを痛感したの。


それがね、とてもシンプルだけど、何よりも来てよかったことだったし、ロマン溢れる感動的なことだった。


以前ベトナムをおとづれた時にも、ベトナムに対しても、ああここはまさに中国と東南アジアの間の国なんだ!って感じたけど、それに通じる。


こうして、東南アジアを全部行ってみることで、南アジアから東南アジア、東南アジアから東アジアへのグラデュエーション的に移り変わって行く文化を体感する事ができると、アジア人の一員として、何かとてもアジアへの責任と愛情を感じるのです。


実際カンボジアへ行った時も、タイよりももっと貧しいカンボジアの状況について、政治的な絶望について、私は何も知らなかった、カンボジアに対して何かできることはないだろうか、と思ったけど、今回もタイよりももっと知られざる、でも実は結構大きな国であり、様々な民族、様々な文化圏があるミャンマーについても、ああもっと知らなくてはいけない、知るべき事がここにあるというずんとくる質量ある情熱みたいなものをもらって帰って来た。


ミャンマー人とはあまり殊更に関わる時間はなかったのだけど、魅力を感じる国だった。


行く前に高野秀行氏の「ミャンマーの柳生一族」という本を読んでから行ったのだけど、その本が非常におもしろかたこともあり、その影響も多少ありつつ行ったのだが、その本は20年近く前の本。


当時ほぼ鎖国状態と言っても過言ではなかったミャンマーが、その後民主化を迎え、なんなら日本が明治維新を迎える前と後というくらいに、随分と国内は変わっているはず。


鎖国状態であればこそ、独自の文化が花開き、外国人的にはユニークなものがたくさん見れてとても面白いだろうけど、もはやそれも薄れているのかなー、、、とはいえまだまだかなー、、、という、期待と不安を持ちながら行ったのだけど、まだまだ街中には麗しい大木があり、その下には「どうぞご自由にお飲みください」な水瓶が設置され、人々はタナカを顔につけロンジーを身にまとっている、、という状況にまだまだ代わりはなかった。


とはいえロンジー率もタナカ率も、どんどん減って来てはいるのだろう。


昔は、なんならロンジー履いてない方が目立つくらいだったのかもしれないけど、今やズボンやスカートとロンジーは五分五分というところ。


別にどちらを履いていても殊更にどうということもないという感じ。

言うなれば、Tシャツの日とシャツの日があるけど、だから?という感じかな。


若い男性のグループとかが歩いていると、4人中2人がロンジーで、他2人がジーンズだったりする。


ただパゴダにお参りに行くときは、正装、つまりロンジー履いて行く人が多いみたい。


しかしなんかまず感動したのが、男性のロンジー姿。

特にタクシー運転手は、ヘインズみたいな無地で真っ白でパリッとしたTシャツに下はロンジーという人が結構多い。


なんて爽やかで潔い着こなしなんでしょう!


それが別に下着的な服装でもなければ、ファッションを無視した諦めた服装とかいうんではないんです。

制服的なきちんと感と清潔感すら感じるんです。


日本で去年くらいに流行ってた、無地白Tにジーンズみたいな、そういうある種のシンプルイズベストなファッション性すら感じるんですよね。


ええ、インドにいけばたくさんいましたよ。

ヨレヨレの薄汚れた白いタンクトップにリンギを身につけたリキシャー運転手。


でもそれは本当にただの彼らの日常着であって、また貧しいゆえでもあった。

日本の田舎に行ったら、下着と日常着の中間くらいな感じで、白タンクトップにステテコのお爺さんがいる感じ。



でもそういう気持ちじゃなくて、彼らは堂々とよそ行きとして来こなしており、それが社会的に成立しているからこそ、私もなんだか潔さを感じるのでしょう。


でも実際、ファッション的にも優れているのです。

シンプルで何気なくて、すごくいい。


またもっときちんと感がある着こなしとしては、白ワイシャツにロンジー。

高級店の店員さんとか、頭が良さそうな学生さんとかが着ていることも結構多く、気品溢れる感じです。



さらに立て襟のワイシャツにロンジーだと、ファッション性が本当に高く、実際ちょっとアパレルで働いていても良さそうなこだわりを感じさせる洒落者の30代に似合いますという感じ。


というわけでねえ、男性の白シャツ&ロンジーが本当に素敵でしたね。


女性のロンジー姿の場合は、ツーピースで揃えて着る事が多いんですが、女性も美形が多く、スリムな人が多い。

だから、アオザイ並みにピチピチに体のラインを出すようにあつらえるのがよしとされているっぽく、体のラインがかなり出る服だけど、それがまた魅力的ですごく綺麗。

しかも、綺麗に体のラインが出るようにできている服でもあるんだろうな。


ただツーピースの上の服のデザインは、もさいものも結構ある。

でも、クルーネックでシンプルで、全然素敵じゃん、それなら欲しいなっていうようなのを着ている人もいる。


そして今更ながら、そして男女両方に共通する事だけど、ミャンマー人は美形が多い。

以前、インドネシア人って、タイ人とインド人の間くらいな濃さだなーと思っていたけど、ミャンマー人もそんな感じ。


だけど、インドネシア人よりも美形。

よりインドよりなのかもしれない。

インド人のいいところ、顔が小さくて、スリムで足が長い、という特徴をより受け継いでいるので、スタイルがいい。

タイ人もスリムだけど、結構顔が大きい人が多く、その肩幅の狭さにその顔の大きさ?というアンバランスさを感じさせる人が結構いるため、タイ人ってスタイルがいいと個人的にはあまり思ってないところがあったのだが、ミャンマー人は顔もとても小さい為に、すごくバランスがいい。


そして顔つきに気品がある。

アウン=サン=スーチーさんって気品があって美しいよな、と以前から思っていたんだけど、アウン=サン=スーチーさんがミャンマーで飛び抜けて美しいというわけではなかった!

アウン=サン=スーチーさん並みの、気品と知性を感じさせる美女がミャンマーにはゴロゴロしていたのです。


それがどこから来るのかといえば、もちろんうまい具合に混血が進んで、いいとこ取りされている為、顔立ち自体がみんな美形という事が一つ。

もう一つは、やはり内面から来るものだろう。

姿勢や表情など、穏やかで凛としたところがあるんだよね。

識字率が非常に高く、本を愛好する人がとても多いという話を聞いたけど、そういう教養的なものも関係あるのかしら。


さらには民族衣装の為せる技だろう。

日本人だって、浴衣を着ていれば魅力度3割増しじゃない?


民族衣装は、やはりその民族に似合う。

長年に渡って淘汰された結果だろうか、その民族に似合う衣装こそが民族衣装になっているのだろう。



例えばチャイナドレス。

腕や脚の美しさを強調するドレスだけど、私は中国人女性の脚の美しさに気づいている。


日本人女性は似ているけど、脚の長さや細さなど、脚の美しさは中国人女性に譲るものがある。

日本人は、最近はそうでもないだろうけど、欧米人やアフリカ系など、他民族と比べた場合、元来は下半身デブとか、大根足とかいう言葉があるように、上半身が華奢な割に下半身がどっちりしている人が多い民族である。


でも着物や浴衣を着たら、脚の太さは関係ない!

むしろ上半身の華奢さ、その優美さを際立たせるのが着物だものね。


というわけで、民族衣装を堂々と自信を持ってパリッと着こなすその感じが、とても美しく魅力的なミャンマー人たちでした。



なんだか民族衣装が前向きな感じがするのはとてもいいものだと思った。

どこの国にいっても、民族的な衣装の美しさには心を動かされる。

インドのサリーの美しさ、マレーシアのヒジャブの美しさ。


事実それらはとても美しいし、女性たちがそれらを通じてファッションを楽しんでいるのも感じられた。

それでもやはり、それらがアクティブに活動するにあたって機能的なのかは疑問を感じたし、女性だけが民族的な衣装を着続けているのが、なんだか女性だけが旧時代からの義務を負わされている雰囲気があったし、実際そういうところはあると思う。


でも、ミャンマーはあまりそういう印象を受けなかった。

ロンジーは、民族ごとに柄があったりして、民族のアイデンティティを示すという機能もあるけれど、それ以上に機能的に実際的なんだよね、かなり。


今回はヤンゴンまわりしか行けなかったけど、ミャンマーはかなり広く、いくつかの民族によるいくつかの州が集まって構成されており、州によってまた雰囲気が違うんだろうと思う。


次回はもっと北部の方に行ってみたいな。


そして、この旅行を機に、東南アジアをもっと知ろう、もっと知りたいという気持ちになったので、もっといろんな文献を読み、もっと色々コミットしたいと思った。



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