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タイが常夏であることのアドバンテージを痛感! [タイについて思うこと]

今回東京に帰ってきて、寒さと乾燥に苦しめられております。

暖房がガンガンに効いた場所にながくいたせいなのか。

一気に手足が乾燥でバリバリになって、痒くていてもたってもいられなくなりました。

よって昨夜はお風呂上がりに必死にオイルやクリームを体に塗り込む私。

なんだこのめんどくさい無駄な作業?!

と、私は感じました。 

いやもちろん女子力高い女子的には、耐えられないかゆみを耐えられるものにするためとかじゃなくて、たとえタイにいたとしても美容のためにこういうことをするものなんだろうけどさー。

考えてみたら、日本人というのは、気候の変化に対応するために多大な労力を割いて生きている。

むしろ生きるということと、季節の変化に対応することが、離れがたく融和している。

季節の変化を楽しむこと、それは生きる楽しみになってもいるけど、でもタイ基準になった私の視点からすると、まあなんという多大な無駄の発生があるのだろう。

私たち日本人というのは、常に季節の変化を見据えて生きている。

それだけ季節が私たちにもたらす影響は大きい。

そのことにちょっと愕然としました。

もしも日本が常夏だったら?

まず冬服がいらないし、コートやセーターをクリーニングに出すだとか衣替えだとかの労力が発生しない。

季節違いの衣服を閉まっておくスペースも必要ないし、そもそも除雪費用だとか、暖房費用だとか言った雪国では切実なコストもいらない。

天気や天気予報を気にするという日本の日常生活では欠かせない懸念も、タイではほぼ必要ない。

そうなんです、もちろんタイだって乾季と雨季があるし、スコールの絶対的な影響力というのもあるし(スコールがきたら雨宿りタイム、みたいなね)、洪水の危険もある。

でもね、季節の変化によって服装や持ち物を変えるほどでもないし、日々コロコロ天気が変わるということもほぼない。

あっても年間数日。

日本人にとっては、天気の話題は、万人の懸念事項で関心事項。

だから日本人は天気の話題が一番の世間話になるんだなーと改めて実感。

だって、タイに来てから天気の話なんてほとんどしないし、天気に興味を失ったもんね。

オンラインの英語の授業とかで、「今日のタイの天気はどう?」なんていう挨拶を外国人の先生にされると、ものすごく退屈な質問をされたように感じるもんね。

俺にタイの天気の話なんか聞いてくれるなよ、タイは365日毎日暑い、それだけ覚えてもう二度とそんな退屈な質問するなよ、って思うもん。 

そしてタイでの毎日、天気予報だとか天気だとか気温だとかをチェックしないでいいっていうのは、すごく無駄がない!!

服装だって左右されない。

買った服は、飽きるまで、擦り切れるまで、永遠に来続けられる。

今シーズンはもう着れない、みたいなことはない。

寒くて家を出たくない、トイレやお風呂に行くのがめんどくさい、みたいな行動の制限も発生しない。

(もちろん、逆に暑くて行動が制限されることはあるけど、寒さほどではない。)

タイは日本に比べてこの点で、ものすごいアドバンテージを持ってるんだな、と改めて感じた。

逆に日本人は、この寒さに対抗するテクノロジーや燃料費やらを身につけていて、それらに対応するために色々とエネルギーを費やしているのに、それでもタイより豊かってすごいなと思う。

でも、やっぱり常夏の国というのは、生来的に豊かなんだと思う。豊かな土地の民なんだよ、タイ人。

そして彼らの日本人の「今日は一段と冷えますね」に変わる挨拶的な世間話といえば「もうご飯食べた?」でしょ。

わかるよねー今の私にはとても。

天気は話題にするほどの関心事項じゃないというのが。

で、きっと人間という生き物は、差し迫った寒さがなければ、食欲が関心事項になるんだろうなー。

まあ餓死するよりも、凍死するほうがよほど簡単だもんね。

しかし寒さを味わえることでいいこともある。

それは、人の体温の温もりのありがたさをより感じられることじゃないかなと思う。

暑いところから、涼しい部屋に入った時も幸せだけど、寒いところから暖かい部屋に入った時の幸せはより大きい。

まあそれだけ寒いことが辛いってことでもあるけどw 

というわけで、常夏の国に憧れてタイに移住した初心みたいなものを改めて思いださせられた今回の一時帰国でした。

常夏が当たり前になりすぎて、そのありがたみを最近忘れかけていた。

でもやっぱり、素晴らしい。

脳みそが伸びきってしまいそうな危機感を覚えたりもするけれど。

日本人の感覚を持ったまま、常夏に居続けられたら、それはとてもアドバンテージだ。

日本で季節に対応するために使っている諸処のエネルギーや手間暇、コストを他のことに注ぎこめるのだから。

でも私たちは日本人で、それはなんかもうDNAに染み込んでいる気がする。

去りゆく季節に儚さを感じ、訪れる季節を愛でること、それはもう日本人として生きることの一部というか、根幹にあるというか。

子を産み育て、老いて、そういう新陳代謝を繰り返して生命を繋いでいく人の営みと季節の変化をわけて感じられないというか。

まあでもね、今の時代の素晴らしいところは、簡単に世界中を行ったり来たりできること。

どこか一つの場所を定位置に定めるのもいいけど、行ったり来たりして、いいとこ取りもできるっていうのが本当に素晴らしいね。

タイがいいか、日本がいいか、と考えるよりも、自分なりのバランスをとって、いいとこ取りをしていけるのが理想だな。 


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