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冬服と私。 [日本本帰国?]

日本の若い女性は一冬にどれくらい服を買うのだろうか。


私はもう若い女性ではないのだが、ちょっと洋服を買い過ぎなのではないかと反省している。


夏はよかった。


この四年のワードローブですみますから。


ところが秋になり、冬になった。


するとどうでしょう?


冬服は私が四年前に着てたものしかないのですよ。


それでも四年前は、大のお気に入り、最先端のつもりで着てた洋服たち。


今も着れなくはありません。


でも、当たり前ですが、なんかテンションが上がらない。


流行もあるけど、職場も四年前は変わったので、適切な服も違うし、四年で老けたというのもあろう。


最初はどうせ会社用の服だし、この年だからベーシックなのでいいし、とまず無難な会社用の服を数着買った。


そこまでは良い。


でもその数着で一冬過ごすのはつまらな過ぎるのか。


あるいは足りな過ぎるのか。


さらにまた数着買い足す。


ここまでも仕方がないのかもしれない。


でもその後も定期的に数着ずつ買い足してるよね、私。


特に年始なんてバーゲンをしまくってるせいもあり、もはやマストではないにも関わらずまた数着買ってしまった。


やっぱり洋服って、ただ無難に着れるものがあればいいというものではなくて、生活のスパイスだったり気分転換として楽しむものだし、よりよく自分を見せるためのツールだったりするんだよねえ。


よってとりあえず最低限を揃えても、次はちょっと気分が上がる服が欲しくなってしまうんだなー。


まあそんなわけで、結局この秋から冬にかけて何着買った?


スカート一着、ズボン二着、秋から着れる薄手のニットを四着、真冬向けのセーターを一着、カーディガン一着、ニットワンピを二着・・・。 計11着ですか。。。


1ヶ月三着くらいの勢いで買っているのか。


靴だって、一体前はどんな靴履いてたんだろう?っていうくらいに会社に履いていける秋冬の靴がなかったので5足も買ってしまったし。



いやもうこの辺でまじで本当にストップしましょう。


次買うのは春服。


四月までは買わない!もう買わない!!!


服を買うくらいなら、髪型でもアレンジして気分を変えましょう、私。

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2018年の上海を訪れて、中国人の印象が変わる。 [中国人について思うこと]

中国人観光客はタイで嫌われている。
主な原因は固定価格のサービスを値切り倒そうとしたりするからだ。
あとは超大型団体でやってくることもあり、多勢に無勢で態度がでかくなる。
自分たちだけが王様みたいな態度になってしまうのだろうか。
まず声が大きく、さらに道を占領しどかず、ゴミを捨てまくる。
中国人観光客が去ったあとは、嵐の後のような感じになる。
私なんかもその印象はわかる。
そこのけ、其処退け、で弾き飛ばされることもよくあるし、とにかく声がでかいので喧嘩をしてるのかと思うくらいにうるさい。
が、いざ上海に来てみたらどうでしょう。
覚悟して来たけど。
意外と普通だった。
私はこれが初の中国への旅行である。
台湾やシンガポール、香港はいったことがあったけど。。。
さて上海は意外に普通の都会である。
普通というか、圧倒されるくらいの大都会である。
世界三本の指とかに入ってもおかしくないくらいの。
で、普通というのは、中国人も、黙って並ぶし、電車の中では意外と静かにしているということ。
うわっと思ったこともある。
一度、銀座的なメインストリートで、子どもを抱きかかえて、ゴミ箱の上におしっこさせてるのをみたときはゲッと思ったけど。。
まあその一度だけである。
あ、あとはドミトリーをめちゃくちゃ散らかして去っていった人がいたけど、それもその人一人だけで、他の人は自分で片付けていた。
さぞかし街の中がゴミだらけなのではないかと思いきや、意外ときれいだし。
それは観光ストレートだけなのでは?と思ったけど、そうでもない。
道を一本、二本外れてみてもそうだった。
しかも中国人といえば、ちょっとダサいイメージがあったけど、上海にいると別に気にならない。
もちろん日本人よりファッショナブルとも言わないけど、日本人よりとりわけダサいのかというと、そんなとりわけていうほどのこともない。
中国人にはまだあまりコンタクトレンズが普及していないこともあり、眼鏡っ娘が多い。
それから化粧っ気がない。
だからちょっと地味で素朴には見えるけど、顔だちそのものは正直日本人よりきれいなんじゃないかと思うくらい。
卵型の整った輪郭に、きれいな目鼻立ちの人が結構多い。
目も細い人は意外と少なく、二重の人も多いし、王さんみたいな人相のいいイケメンも多い。
美的感覚は中国にいるうちに感化されるようで、だんだんすっぴん美人が美しいと感じられるようになってくる。
そうなると最初は化粧をしている自分の方がましに見えていたのが、自分の骨格の方が鼻が潰れ頬骨がはり、野性的に見えてくる。
でもそうだ、私の顔は割と縄文系。
東南アジアの特徴が入っているのである。
それに比べると、上海の多くの人は弥生系のつるっとした顔立ち。
そうだよなあ、日本人は中国や朝鮮といった東アジアの人々と、ポリネシア系?の東南アジアに起源を持つ人たちとの混血なんだよなあ、考えてみたら、、、なんて思いいたる。
まあでも中国も広いから、田舎から出て来たのかな?っていう感じの人はやっぱり無骨な顔立ちの人も結構いる。
結局のところ、私の顔は中国人からしたら、ぜんぜん中国人で、顔は同じと言ってしまって良い。
だからか、意外と馴染んでしまった。
治安もいい。
外国人として悪い人の標的にされないせいもあるかもしれない。
システムも結構日本の真似をしているからなのだろうか、違和感がない。
安心して居眠りできるくらいの心持ちにすぐ慣れてしまった。
というわけで、あのうるさい中国人観光客はなんなのかといったら、、、レアな海外旅行、家族旅行に、テンションが上がってしまっている上の暴挙というのもあるのではないかと思ったりする。
だいたい今タイやらに押し寄せている人々は、別にお金持ちでもない庶民だと思われる。
上海は物価も高く、生活水準も結構高いので、団体ツアーで押し寄せて値切りまくるようなのは庶民だと思う。
まあ、もちろん貧富の差は激しそうだから、貧しい層ではないにしろ。。
日本より発展してたらどうしよう?と思ったけど、、、まあそこまでではないにしても、そんなことないともいえないレベルの発展具合である。
正直、地下鉄や鉄道なんかはタイよりもずっと危なげなく稼働している。
だいたいタイに新幹線ないもんね。。。
そう、、、正直タイより発展してたのは、なんか認識していなかったが、タイよりは発展度は上だった。。
中国といえば、殺人エスカレータがニュースになっていたし、そういう印象だったけど、そんな危ない感じは全然なかった。
とはいえ、もちろんそういう側面もあるのだろう。
だが、こと上海に数日滞在した限り、そういうシステムトラブル的なものがしょっちゅう起きている影は微塵もなかった。
それを言ったら、タイはしょっちゅう起きている。
ただ意外だったのは、バンコクの方が国際度が高いこと。
もちろん、上海の全てをみたわけではないので、上海は外国人居住生活エリアと観光エリアがすごく別れているという可能性も否めないけど、、、外国人がよく出没するというエリアにいってみても、中国人がメインだし、観光客も、外国人観光客はいることはいるけど、やっぱり中国人がダントツメイン。
そして英語が通じない、あんまり。
結構びっくりするほど通じない。
なので、より国際都市かと思っていたけど、その点はバンコクの方がずっと上だった。
しかし上海のすごいところは、歴史的建造物が腐るほどあることだ。
古い素敵な洋館がゴマンとあり、中国の歴史的建造物もゴマンと現存している。
そしてまた、ユニークなビルもゴマンとある。
建造物という意味では本当に魅力的な街で、日本やタイはその点は完敗のように感じた。
だがしかし、、、買い物がつまらない。
何食べても美味いけど、、、、服とか日本より若干高く、日本より若干ダサいとなれば、買うメリットがない。
またセンスもすごく世界標準なので、オリジナルの素敵さというのも特にないし、中華的なオリジナルなものは特別惹かれない。
その点は、タイや日本の方がずっと可愛いもの、素敵なもの、買いたくなる服や小物が多いように思う。
もう中国は安かろう悪かろうの時代じゃないんだなあ。
ちょっと残念。
だからこそ安心して旅をできたのかもしれないけど、もはやなんでもありの中国、というよりも、洗練された大都会としての中国しか見ることができなかった気がする今回の上海訪問。
まあね、上海ですからね。
中国は広い。
他の都市へ行けば、または田舎へ行けば、全然違う中国の側面を見ることができるんだろう。
バンコクには、国際経験豊かな人が多いから、いろんなところをおとづれたことがある人がいるが、その人いわく北朝鮮よりも中国の方がずっと残虐非道でやばい、と言っている人がいた。
死刑も中国のオフィシャルの発表で年間数千人ですよ、いくら人口の多い中国といったって。。。
まあでも中国初心者の私としては、一番難易度低いところからいい突破口ができた気がする。
中国、バカにできない本当に。
さすが4000年の歴史。
私たち日本は、古くから中国の影響を受けてきているわけであり、東アジアの人間として誇らしくもある。

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タイ帰国から3か月、東京から愛をこめて。 [バンコクライフ!]

いま日本のスタバにいるわけですが、幸せです。


I wanna wish your merry xmas!という明るい歌がかかっていて、私もそういう気持ちでうきうきしたからです。


いやあ去年の今頃を思い出すとヒサンだった。


バンコクでは、まだプミポン国王がなくなって2か月、、ぼちぼち真っ黒い服じゃなくてもいいか、紺とかグレーとかもありでしょというかんじにはなっていたと思うけど、クリスマスイベントもニューイヤーイベントも軒並み中止され、まだまだBTS駅ではしんみりとした音楽が流れ・・・。


その社会的な憂鬱な期間と、個人的には親しい人間関係の喪失があってそれが合致したために、まあ辛かった。


個人的にはやせ我慢でも「上を向いて歩こう」っていう、無理にでも気持ちを奮い立たせて陽気にやっていきたい時期なのに、社会的にそれがまったく許されず「演技でもいいから粛々と下を向いていないといけない」という時期。


実際この時期、タイ人はうつ病患者が増えたそうだけど、そりゃそうだよね。


人間、楽しくなくても笑っていれば、体にポジティブな影響があるというくらいだ。

悲しいときに、その悲しい気持ちをリフレインさせられ、ずっと引きづり続けるというのも体に悪いし、悲しくないのに抑制的にふるまわないといけない時間が長いのもフラストレーションが溜まる。


まあ今考えると、、ていうか、去年も自覚はあったけど、この「理不尽なフラストレーション」がそろそろタイを出るかなって気持ちを固めたトリガーになったと思う。


というわけで、私はさみしさとフラストレーションがすごい時期でして、例年ならたとえ一人だとしてもしれっと流せていたクリスマスの孤独に耐えられそうもなく、本気で死にそうだったのでした。

しかも追い打ちをかけるように、TOM n TOMsのクリスマスが全部泣かせるしんみり系だったというね。


結局、その時期は連日パーティだったので助かりましたが、、、。


それに比べたら今年の気持ちの穏やかなこと!

もちろんスタバのクリスマスソングがアッパー系な上にオサレで気分が上がる!というね、その影響もあります。


そして毎日穏やかなわけではありません。

慣れない環境で血相を変えることもあるし、怒りを感じることも、無力感を感じることもある。


ぜんぜん日々安泰ではないんだけど、「心の底から幸せ」と感じる瞬間がそれなりにある日々です、ここ数か月。

そしてその「幸せ」感には、あんまり根拠がないんだよ。


根拠のない自信とか、理由のない好意みたいなもので、そこに根拠や理由がたいしてないことのほうが実は強いよね。


私の感じる幸せは、もちろんとても周りの人間に左右されている。


だけどそれほど他人に左右されない五感で感じる幸せ、、そういうのを「幸せだなあ~」って心の底から思える余裕があることがうれしいし、幸せだと思うわけです。


今も、能天気なクリスマスソングに気持ちがうきうきして、「いいクリスマスをおくれよ!みんな!」と、自分のことは棚にあげて思ってしまったこの心の余裕、どうでしょうか?


でふと思ったんですが、私の海外生活4年間、いい4年だったなと思うわけ。


海外生活、ほんとに人によります。

アクティブでアグレッシブな人、またはソーシャリストな人は、私なんか考えられないほど色々な人に会い、いろんな場所に行き、様々な経験をするでしょう。


私の海外生活がそこまで濃密だったかといったら、そうでもない時間もあったけど、それなりに濃かった。


今も四年の間に感じた強烈な幸せの記憶が体に残っている。

不幸な気持ちも味わったはずだけど、それはもうすっかり体から抜けている。

しかも確実に私は変わった。


日本に帰ってきたくなかったわけでもなく、帰ってきたかったわけでもなく、プロスコンスを考えるとタイ生活も日本生活もどっちもどっちかなー、、みたいなフラットな気持ちで帰ってきたこともあり、いまも割とそのへんはフラット。


日本の新生活がすごくいいともすごく嫌とも思わないし、タイに戻りたいともいえるけど、別にタイはよかったなーーーとかいうほどでもなく、またすぐ行くわよ、行きたくなれば!みたいな感じ。


でも今も全然、タイ帰りスタンスから抜けてない。

以前タイにいる間に感じた恐怖がある。

もう生粋の日本人には戻れない、という感覚。

ずっとわかってて当たり前だった東京の流行の文脈もわからなくなる、という感覚。


それは確かにそうなんですね。

それはビンゴで、やっぱり10%くらいは細胞が入れ替わってしまっているような感じがする。

まあ悪くいうところの三年いたらタイ人化、とかタイ呆けとか言われかねないことなのかもしれないし、たった四年の不在なんだけど、日本生活二回戦目、日本人として私ver2.0みたいな感覚が明確にある。


日本の企業戦士としては退化ととらえる人もいるだろうし、実際スキルの面ではこの4年日本でバリバリやってた人と比べると差がつけられてるんじゃないか感はぬぐえない。

しかし私という人間の一生を考えると、幸せな人生を送るためのスキルやノウハウ、ヒントを得て帰ってきたともいえて、そういう意味では進化だと思うし、自分の気持ちとしてはとてもポジティブな感触がある。

前より軸が定まった気がする。


というわけで中年からの海外生活、ちゃんと意味ありますよ!

そして4年というのも期間として長すぎず短すぎず、やはりいい塩梅だったかも、とやっぱり思う。

短すぎても得るものが少ないし、長すぎてもリスキーな気がする。


タイで大変な思いを人知れずしているかもしれない皆様のいいクリスマスをお祈りしています。

去年のこの時期、毎晩泣いていた私より愛をこめて。


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